福岡地方裁判所久留米支部 昭和49年(ワ)88号 決定 1976年7月13日
原告 古賀芳光
被告 ヘキスト合成株式会社
主文
本件文書提出命令の申立を却下する。
理由
第一申立の理由
申立人は、被告の所持する昭和四五年一月一日から同四九年末までのクレーム発生報告書は、民訴法三一二条一号の「被告が訴訟において引用したる文書を自ら所持するとき」または同条三号後段の「文書が挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたるとき」にあたると主張する。
第二当裁判所の判断
一 証人牧桂巳の証言によると、被告は被告が製造販売した接着剤等に関する購入者等からのクレーム報告書を自ら作成して所持していることを認めることができる。
二 先ず、申立人の前段の主張につき検討するに、なるほど被告の従業員たる証人牧桂巳は本件口頭弁論期日において被告会社は前記のようなクレーム報告書を自ら作成して所持している旨証言をしているけれども、被告またはその訴訟代理人が本件口頭弁論あるいは準備書面において右文書を引用したことはないのであるから、本件は民訴法三一二条一号に該当しないことは明らかである。
次に、申立人の後段の主張につき検討するに、民訴法三一二条三号後段の「文書が挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられたるとき」の意義を、申立人が主張するように「当該法律関係につき何らかの関係ないし関連のある事項が記載されているとき」というような一般的条項と解することはできないのである。けだし、そのように解するときは文書提出義務を証人義務と同様な一般的な義務として認めるのと同様な結果に帰着することとなるのであるが、民訴法三一二条は文書提出義務を証人義務と同様な一般的義務として認めているのではなく、証人義務とは異なり、限定された範囲でのみ認めているにすぎないのであり、その実質的理由は、文書の記載内容はしばしば不可分であり、また文書の記載が要証事実と無関係であっても、そのことは文書を提出しなければ分らないため、文書の提出義務は、本来不必要な文書ないしその一部の公開となるおそれがある点で、証人義務より義務者に与える不利益が大きいためであると解されるからである。ところで、前記報告書は、もとより法令上その作成が義務づけられ、あるいは予定されている(そのような場合は一般に内容を秘匿する自由はない)ものではなく、所持者が専ら自己使用のために作成した内部的文書にすぎないのであって、せいぜい被告の製造販売した接着剤等を購入した不特定または多数の者との間の法律関係につき作成された(内部的)文書であるといえるとしても、多数の購入者が被告に対し同種の生産者(製造物)責任を問うている場合は格別(この場合は企業の秘密保護を双方の利益衡量により定めるべき場合があるかもしれない)、本件のように原告ひとりが被告の生産者(製造物)責任を問うている場合には、挙証者たる原告と文書の所持者たる被告との間の、本件接着剤の接着力の欠陥による損害賠償をめぐる法律関係につき作成された文書であるということはできないのである。
他方、前記報告書に記載されているクレーム程度のことは他の方法により立証可能であると認められるから、右文書については証拠の必要性もないものといわなければならない。
そこで、本件申立を却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 池田憲義)